
名取 誉生さん
Takaki Natori
理学療法士
NHKのど自慢チャンピオン。歌うことを楽しみ、人に寄り添う理学療法士
PROFILE
1997年生まれ。宮古市出身。宮古高校卒業後、岩手リハビリテーション学院入学。理学療法士の資格を取得する。2018年、同校を卒業後、宮古第一病院で理学療法士として就職。主にリハビリを担当している。2022年、宮古市で開催された「NHKのど自慢」で優勝。その後、宮古市で開催されるイベント等に友人と出演し、歌声を披露している。妻と子2人の4人暮らし。
宮古は、ありがちなライフスタイルにちょうどいい
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お仕事の内容と1日のルーティンを教えてください。
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宮古第一病院で理学療法士として働いています。内容としては主に、入院患者さんや外来患者さんのリハビリですね。最近では、スタッフのシフトを入れたり、リハビリの予約をいれたりなど、管理職みたいなこともしています。毎朝、子どもたちを送ってから通勤して、仕事が終わったら子どもたちを迎えに。みんなで夕飯を食べて、お風呂に入って寝るという、だいたいこんなルーティンです。金曜日と土曜日が休みです。
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理学療法士を目指したきっかけを教えてください。
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もともと僕には、夢という夢がそんなになかったんですよ。中学生のときに職場体験があったんですけど、ずっと柔道をやっているので、柔道整復師さんのところに行ってみたんですね。そこで、「僕は柔道やっているのでここに来ました」みたいなことをお話したら、その先生に「柔道整復師よりは、理学療法士のほうがやれることも増えるし、人の役に立てるんじゃない?」というお話をいただいて。じゃあ理学療法士やってみようかなと。それが気持ちのどこかに残っていたんでしょうね。高校に入って進路を考えた時に、一番に理学療法士が上がってきて。すごくなりたくて目指していたわけではないけど、流れに身を任せたような感じですね。

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お仕事のやりがいや、印象に残っていることを教えてください。
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リハビリは、ご高齢の方が多いんですが、担当をしている患者さんに「あなたが来てくれて良かった」とか「また来てちょうだいね」とか言われると、やりがいを感じますね。あと、担当させていただいた方に町で再会した時、「今、このぐらいできるようになったよ」と言われたことが印象に残っています。退院した後のことを知る機会はなかなかないので、元気な姿が見られたのは印象深かったです。
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お仕事で大変だと思ったことはありますか?
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患者さんの中には、認知症の方もいらっしゃるので、意思の疎通がうまくできなかったりすると、難しいなと思いますね。コミュニケーションが取れないと、リハビリも進まなかったりしますので、それが大変なことでしょうか。

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今後の目標とかありますか。
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最近、管理職のような業務や、新しい仕事をいろいろ任せていただけるようになってきました。今後は、病院や組織的なところまで考えて、仕事ができるようになっていきたいと思います。
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仕事以外の時間、何をしていますか。
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基本的には家事や育児をしています。土曜日はみんな休みなので、一緒に公園に行って遊ぶことが多いですね。それ以外だと、アニメを見たり、カラオケに行ったりします。友だちとカラオケに行くのは息抜きにもなるし、好きな時間です。

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カラオケに行き始めたのはいつごろでしょうか?また、カラオケの魅力は?
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専門学校に通っていたころから一人で行ったりしていたんですが、就職してからは、仲いい同僚もできたりして、一緒に行っています。良さは、上手いとか下手とか関係なく、盛り上がれるところでしょうか。お酒飲めるところだと、さらに盛り上がりますからね。もともと歌うことが好きなので、楽しんでやっています。
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歌がお上手で、のど自慢大会で優勝されたとお聞きしました。どんな歌を歌ったんですか?
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数年前、宮古でのど自慢大会が開催されるというときに、記念だと思って応募したんですよ。僕は中孝介さんの「花」という曲を歌ったんですが、応募するときに、選んだ歌に込めたエピソードを書かなきゃいけなくて。それが一次選考なんです。僕は、怪我や病気をされた方に寄り添う仕事なので、人に寄り添うようなこの歌なら、気持ちも込められるし、エピソードもかけるな、と思って選びました。奄美大島に伝わるシマ唄独特の「グィン」という節回しがあって、挑戦の意味合いもありました。ステージで見栄えもするだろうし(笑)

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緊張しましたか?
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すごく緊張して、一息で歌ったような感覚でした。酸素も入ってこないような、そのくらい緊張しましたね。
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その後、ステージに立たれたりはしているんですか?
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のど自慢の優勝がきっかけで、宮古市の方から「イベントで歌ってほしい」と声をかけていただけるようになって。単純に歌が好きで、一人で歌っていただけの趣味だったのに、みんなの前で歌うことができるようになって、それが楽しみのひとつになりました。知り合いが見に来て、楽しんそうにしていたり、喜んでくれたりすると嬉しいですよね。
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素敵ですね。イベントに呼ばれているとのことですが、印象に残っているステージはありますか。
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まだそんなに回数は多くはないんですけどね。昨年の「みやこまち音楽祭」では、同僚にギターを弾いてもらって、ふたりでステージに立ったんですよ。よくカラオケに行く友だちなんですけど、彼と一緒に出られたことが楽しかったし、印象に残っています。
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今後はどのような活動をされていきますか?
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今後も、息抜きとして楽しんでいきたいですね。歌うことを軸に生活するっていうことはないので、やっぱり息抜き。そのおかげでリフレッシュできて、仕事や育児に専念できる、みたいな感じで。

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続いて、宮古についてお伺いします。宮古の満足しているところと不満があれば教えてください。
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あまり不満に思うことはないですかね。大きいショッピングモールが遠いとか、それぐらいでしょうか。育児の面でも、今のことろ不満は感じていません。うみどり公園など、新しくて大きい遊具があったりするので、小さな子どもたちを遊ばせやすい環境だと思います。あと、宮古市は、保育料が無料なのがありがたいですね。
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名取さんにとってふるさととは何ですか。
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ふとした時に思い出す、なつかしさ、でしょうか。僕、小学校から高校終わるまでずっと柔道をしていて。最近は、あまりやっていないんですけど、柔道をしていると、ふと昔のことを思い出して懐かしくなりますね。
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名取さんにとって希望とは何ですか。
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失敗しても大丈夫だと思える、この地元かな、と。たとえば、知っている人がいない土地で仕事をしていたとして、失敗したりくじけそうになったりしたとき、なかなかその壁を乗り越えられないんじゃないかなって思うんです。でも、ここには家族や友だちがいて、支えになってくれるから、失敗しても大丈夫と思えるんですよね。地元だからこその安心感があって、それが救いだったり、助けだったり、希望なのかなと思います。
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最後にUターン、Iターンを考える人にメッセージをお願いします。
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よく「宮古には何もない」って言われがちなんですけど、よくありがちなライフスタイルを過ごしていく上で、宮古は苦じゃないぞと。もちろん、すべての人が結婚したり子どもを生んだりするわけではないですけど、宮古もそれなりにいろいろ楽しめるし。Uターンを考えている人は、どこか遠くで何かを学んで経験することもすごく大事だと思うけど、疲れたら帰ってきていいんじゃないかな、と思います。
2025年1月取材