
中川 太治さん
Taiji Nakagawa
美容師・日本舞踊家
抱腹絶倒の宮古辯語り。原点は、母の代から続く美容室でのおばちゃんトーク
PROFILE
1978年生まれ。宮古市出身。4歳から踊りを始め、高校生の時、東京・梅津流家元に入門。東日本大震災直後に帰郷。2021年5月より、福寄屋濤太衛門(ふくよせやとうだえもん)としてYouTubeに昔ばなしをアレンジした動画を投稿し好評を得ている。現在は、自宅に設えた「福寄庵」での公演を続けており、FM826みやこハーバーラジオにおいて毎週木曜夜8時『福寄屋濤太衛門の宮古辯アワー』のパーソナリティを勤めている。
棺桶に入るその日まで、喋れるだけ喋り続ける
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まず、お仕事の内容を教えてください。
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一応、日本舞踊家ということにしていますけど、家業はこの美容室。美容師のお仕事をしています。あとは、語りでもお仕事をいただいています。
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1日のルーティンを教えて下さい。
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8~9時ごろに起きて、仏壇や神棚を拝んで、犬にご飯をあげたり、お店をあっためたりしてから朝食です。それから夕方までお店で仕事。お昼はまともに食べられないので、夕方に食べて犬の散歩に行きます。そして、20時45分からNHKのニュースを見ながら、15分間で夕食。その後はクリエイティブ作業ですね。何かを作ったり物を書いたりします。犬にせかされてからお風呂に入り、午前3時ごろに寝ます。

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どんな時に仕事のやりがいを感じますか。
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自分が生まれる前から続いてきたお店に、今は亡き母やおばあちゃんのお客さんが、引き続き来てくださっている。そういう方々に集まる場所を提供していることがやりがいでしょうか。集まって、ついでに髪がきれいになればいいなという思いで仕事をしています。今年で50年になるお店ですけど、これを保っていくことが美容師のやりがいです。実は僕、30歳で美容学校に入ったんですよ。それまでは踊りで食べていこうと思っていたので。ですから、技に関しては、ほかの美容師さんより10年遅いんですよね。だからこそ大事にしていることは、技よりも人の輪です。
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仕事をしていて印象に残っていることはなんですか。
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日常的に、亡くなった母のことをお客さんから聞かされることでしょうか。母は最期の日まで働いていたんですよ。今でも母のお客さんが来てくださっていて、「お母さんがこう言ってだがえ」などと、母の話をしてくれます。その話を聞くたびに、あたたかい気持ちになりますね。さびしい気持ちよりありがたいなと感じます。

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大変だったことや辞めたいと思ったことはありますか。
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辞めたいと思ったことはないです。大変なことといえば、おばちゃん専門なので、若い人や男の人が来ると、どうやっていいかわからないってことです(笑)。
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今後、このお店の展望や夢を教えてください。
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「来客長寿」です。僕は写経をしているんですけど、毎年、願意を書いてお寺さんに送り、お焚き上げしてもらっているんですよ。以前は、商売繁盛とか千客万来とか書いていたんですけれど、今年は「来客長寿」と書きました。とにかく来てくれるお客さんに長生きしてほしいですね。今きている70代のお客さんたちが90歳、100歳になるまで、長生きしてお店に来続けてほしいです。そのために自分も元気でいないと。それが展望ですね。

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仕事以外は何をしていますか?
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ずっと喋っています。語りでお仕事を頂戴するようになったのでね。美容師でもお喋りを絶やさずしていますが、仕事以外の時間も独り語りをしています。これもトークの練習だと思いながら。
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語りを始めたきっかけは?
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21歳のとき、踊りの会で口上というご挨拶があるんですが、そこで宮古弁で話すことを始めました。そして、コロナ禍になって、どこにも行けないしイベントもないという時期に、自宅で毎月、踊りの会を開いたんですよね。踊りだけだとお客さんは飽きてしまうかな、と思い「桃太郎噺し」を始めたんです。
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魅力や楽しさを感じる場面はどこですか。
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踊りって好みがあるし、特に男性はあまり見ないですよね。でも、語りは男性も楽しんでくれるんですよ。リアクションはおばちゃんたちより小さいですけどね(笑)。そんな中で、男性が笑ってくれたり、力強い拍手をくださったりすると、「あ、喜んでくださったんだな」っていうのが踊りよりも明確にわかるので、それが楽しいです。語りをやっている最中は必死なんですけど、帰宅して入浴中にの出番のことを思い出しながら、反省したり嬉しさをかみしめたりします。

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宮古弁の良さは何だと思いますか?
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僕としては、わりと強めの宮古弁を話しているつもりなんですけど、たとえば盛岡に言って話すと、「宮古弁ってすごく優しい方言ですね」って言われるんですよ。住んでいると気づかないことですけどね。あとは、共通語で「馬鹿じゃないの」って言われるのと、宮古弁で「こんの小馬鹿たぐれが~」って言われるのとでは、違うでしょ?ちょっと冗談っぽくなるし、柔らかくしてくれる。それが方言の良さでしょうね。
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語りで大変だったことは?
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最初は、自宅の「福寄庵」だけで世間には出ないって決めていたんだけど、一度、観光課さんの依頼でやったらもう依頼がバンバン来ちゃって、その時が大変でした。準備ができてなかったから。当時は、仕込みやネタができていないから笑ってもらえないこともあり、その時期は辛かったですね。今は、自分の仕込みがしっかりしているから楽になりましたけど。
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語りはいつまで続けていきたいですか?
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それはもう、棺桶に入るまで(笑)喋れるだけ喋っていきます。
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宮古での暮らしの満足ポイント・不満ポイントを教えてください。
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良さは、「ちょうどいい」ところです。自分のお店の周りには、スーパーやドラッグストアとコンビニもあるし、駅に歩いて行ける。宮古は住むのにすごくちょうどいいですね。あと気候もちょうどいいですよね。不満と言うわけではないんですが、これといった最大の魅力は何だろうな!? (笑)と。今年の夏に、初めて宮古に歌舞伎俳優さんをお招きし公演を開くのですが、あらためて宮古のおもてなしを意識して準備しています。今ある魅力を最大限にお伝えしたいと思っています。
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中川さんにとって、ふるさととは?
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ふるさとっていうのは、場所ではなく、皆さんのお気持ちの中にあるものではないでしょうかね。僕は宮古を14年間離れているので、ふるさとが宮古だけって感じでもないんですよ。でも、宮古のためにできることとして考えたときに、話をすることで、宮古の魅力をつなげることになれたらいいなとは思います。僕は、宮古を邪険にして喋っているようだけど、外の人が聴いたとき、「宮古っていいとこだね」、「あったかいところだね」と感じてもらえたらいいなと。
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Uターンを考えているひとたちにメッセージを。
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夢を描いて出ていって、大変だと思ったときは1回帰ってきたらいいと思います。ゆったりと過ごしたい人は戻ってきてください。それからまた出ていってもいいんですから。

2024年12月取材