
坂下 晃子さん
Akiko Sakashita
雑貨店経営
楽しいものやワクワクするものを探して提案し続ける、うみどりマルシェ主催者
PROFILE
1964年宮古市生まれ。宮古高校卒業。1987年東北学院大学卒業後、㈱西友入社。日比谷花壇全日空ホテル店で働いた後、宮古にUターンし、フラワーデザイン教室「花スタジオA」開設。2010年にsakusaku中央通店をオープンしたが、半年で東日本大震災津波に被災。2011年にsakusaku花の木通り店開店。2021年より「うみどりマルシェ」を主催。母と夫との3人暮らし。
毎日を彩る雑貨と街のワクワクをお届け
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お仕事内容を教えてください。
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雑貨屋を経営しています。毎日9時半頃に出社し、お店を掃除してから開店。接客をしながら、商品の陳列や入れ替えをします。18時すぎに帰宅し、家事をした後に、インスタの投稿や商品の発注業務などのパソコン仕事をしています。
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お仕事をしていて嬉しいこと、やりがいを感じるのはどんな時ですか。
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今、お店が少なくなってきたこともあるでしょうが、お客様から「sakusakuがあってよかった」と、言っていただけることです。お客様が喜んでいる姿を直接見ることができるので、それがやりがいになっています。高齢の方や盛岡・八戸など市外から来てくださる人もいて、そういう方々の「居場所」になっているのが嬉しいです。

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大変だったことはありますか?
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やはり、東日本大震災で被災したことですね。新築して半年でお店も自宅も津波の被害にあい、天井近くまで浸水しました。商品はほぼすべて流され、自宅の1階は壊滅状態で、店も自宅も泥だらけ。出しても出しても泥がなくならない。泥だしをしているときは震度4の余震にも気づかないくらいで、その終わりのない作業がとても辛かったです。宮古小学校に避難しましたが、母には硬い床での生活が大変だったので、空いているアパートに入りました。避難所を出たら今度は食べるものがない。当時はコンビニにも商品が届かず、化粧品が少し残っている程度だったと記憶しています。「今晩、家族に何を食べさせよう…」と、探し歩いたときはすごく辛くて、久しぶりにみそ汁を飲んだ時、とても美味しかったのを覚えています。その後、平成28年に中央通店を再開させたのですが、台風10号の大雨で、床上浸水の被害に遭いました。ですから、水の被害は今でも本当に怖いです。
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大変な思いをされたんですね。では、これまでの経験の中で、印象に残っている出来事を教えてください。
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お取引をするのが難しいと思っていたメーカーさんや作家さんと交渉してお取引ができるようになったことでしょうか。特にも「パンどろぼう」で有名な柴田ケイコさんとの出会いが印象に残っています。柴田さんの絵本を出版したメーカーさん主催のワークショップに参加して直接お話ししたところ、直接お取引させてもらえるようになり、とても嬉しかったです。

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今後の展望や夢を教えてください。
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あとどれくらい店を続けられるか分かりませんが、働いているうちはsakusakuを通して「楽しい商品」「楽しい生活」を提案できるよう、ワクワクするものを探し発信したいです。老後はいろいろな雑貨屋さんや素敵な建造物を見て歩く旅をしたいです。
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仕事以外の時間は何をしていますか?
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食べ歩きや旅行、陶器を見て歩くのも好きです。仕事を兼ねて益子の陶器市を見に行ったりしますが、ふだんは雑誌や本を見て、こういう器が欲しいなとか、あそこに行ってこれを食べたいとか思いを巡らせながら、旅行した気分になって息抜きをしています。

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坂下さんは、うみどりマルシェを主催されていらっしゃるそうですが、始めたきっかけを教えてください。
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2021年に旧市役所跡地に作られた「うみどり公園」のオープンを応援しようと「うみどり市」という名前で始まりました。2回目からは、中央通商店街で毎年11月3日に開催されるキャンドルストリートの灯りをもっとみんなに見てもらいたい、震災で半分になってしまった商店街を盛り上げ、街の中にワクワクを感じてもらいたいとの思いから「うみどりマルシェ」として開催しています。数年前に実行委員会を立ち上げ、現在は7人のメンバーで運営しています。

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どんなところが魅力ですか?
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昨年は57の出店がありました。一般公募はせず、こちらから交渉しています。すごく苦労はしますが、美味しいお店、素敵な出店者さんを探してつながっていくのが楽しいです。市内のお客様もたくさん来場してくださるのですが、その中には、子育てや介護などで気軽に市外には出られない人もいらっしゃいます。ですから、この日は宮古で、市内外の美味しいものや素敵なものを楽しんでもらいたいなと思っています。
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どんなところが大変ですか?
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出店者の方を集めたり、その方たちとの連絡調整も大変ですが、食べ物の出店の許可申請、当日までの段取りなども大変です。マルシェにはたくさんの方が来場してくださるのですが、日常につながっていかないのが難しいところですね。本当は商店街に親しみをもってほしくてマルシェを開催しているところがあって、ふだん商店街を利用しない方にも、宮古の商店街に来るきっかけづくりになればいいなと思っています。

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では、宮古での暮らしの満足ポイント・不満ポイントを教えてください。
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満足ポイントは、空気も食べ物も美味しく、海が近いところですね。浄土ヶ浜から北山崎にかけて三陸海岸は絶景で、素晴らしいところに住んでいると思います。海の幸も美味しいものがたくさんあり、お寿司もすごく美味しいと思っています。不満ポイントは、医療難民というか、宮古は、病院の選択肢が本当に少ないと思います。母が骨折したとき、退院後のリハビリ病院が宮古では選択できませんでした。あと、内陸と比べてコンサートなども少なく、文化の格差も感じますね。また、交通の便が悪く、宮古行きの106バスの最終便がもう少し遅ければ仕入れなどで東京に行ったときも有効に時間が使えるのにと思います。「ちょっと変えれば良くなること、変わらないもどかしさ」が宮古にはあります。
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坂下さんにとって、ふるさととは?
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抜け出したいような場所でもあるんだけど、宮古がずっと幸せであってほしい、愛すべき場所ですかね。
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坂下さんにとって、希望とは?
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「平和な世界」でしょうか。この何年か、災害や気候変動、コロナウイルス、恐ろしい事件、物価高など、心が平穏でいられることがないように感じます。この落ち着きのない世の中で、笑顔でホッとできる平穏な世の中がほしい。それが私にとっての希望です。
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Uターンを考えている人たちにメッセージを。
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昔より今は、宮古に戻って来る人たちは歓迎され、応援される時代になってきていると思います。何かやってみたいことがある方はウェルカムな雰囲気のある宮古に来て起業するなど、新しいことをどんどん始めてチャレンジしていってほしいですね。
2026年1月取材


