大原 愛さん

Ai Ohara

団体職員

文化会館でイベント企画からアテンドまでこなす、御朱印好きのディレクター

PROFILE

1990年宮城県気仙沼市生まれ。気仙沼高校卒業。2013年に東北福祉大学総合福祉学部社会教育学科卒業後、生命保険代理店に就職し、営業職を務める。携帯販売職に転職したのち、宮古市に移住。2016年から宮古市民文化会館運営ディレクターとして勤務。夫と二人暮らし。

アーティストと市民のつながりをつくる喜び

仕事内容について教えてください。

宮古市民文化会館の管理運営をしています。また、会館が主催するイベントの企画や、予算管理、広報、営業など、イベント実施に関わるすべての業務を担当しています。ひとつの企画に1年半くらいかかりますが、それを年にいくつもするので、常になにかやっている状態ですね。

オールラウンドにご活躍されていますね。お仕事をしていて嬉しいこと、やりがいを感じるのはどんな時ですか。

お招きしたアーティストに宮古市内を案内するんですが、そのアーティストが、宮古のことを好きになってくださると嬉しいですね。また、アーティストと市民の交流の場を作ることも仕事のひとつなので、イベント後にも交流が続いているのを見ると、嬉しくなります。

印象に残っている、市民とアーティストの交流を教えてください。

以前、プロのダンサーをお招きして、市内でダンスを習っている子どもたちと一緒にひとつの舞台を作るという企画がありました。いっしょに作っていく中で、子どもたちがそのダンサーのことをすごく好きになったんですよ。イベント終了後、しばらくしてその方が再び宮古にいらしたとき、たくさんの子たちが会いに来てくれたのは、本当に嬉しかったですね。

素敵ですね。仕事をしている上で、大変だったことはありますか。

めちゃくちゃあります(笑)日々の仕事の中にもいろいろありますが、やはり、いちばんはコロナ禍のときでしょうか。芸術や文化は「不要不急」のものとされ、会館も休館せざるを得なくなりました。やりたくてもやれなかったあの状況は、本当に辛かったです。

大学で社会教育を学ばれていらっしゃいますが、今の仕事とつながっている部分はありますか?

教育は、大きく学校教育と社会教育というふたつに分けられます。学校教育は、小中高で12年、大学で学んでも16年くらいですよね。でも学校を出てから60年くらいは、社会に出てからの教育になるんだなと。そう考えて社会教育の専門コースに進みました。博物館、図書館など公立施設に興味を持って、資格を取りましたが、それが今の仕事の基礎になる勉強だったなって思います。

それでは、今後の展望や夢について、教えてください。

今後、地域から人が減っていくでしょうが、人口が少なくなっても、皆さんの心が豊かでいられるといいな、と思います。文化会館の仕事は、心を豊かにする仕事なので、これからも市民の皆さんに、よいものを提供し続けていきたいです。

続いて、余暇の過ごし方についてお伺いします。仕事以外の時間、何をしていますか?

最近は、御朱印を集めることが好きですね。休日、少し遠出したときには、必ずその土地の神社やお寺に寄ります。

どのようなところが御朱印集めの魅力なのでしょうか?

デザインがカッコいいところでしょうか。それぞれ個性があるのも面白いです。私が特に気に入っているのは、毛越寺のもの。かっこいいんですよ。また、神社仏閣の持つ荘厳な雰囲気に心が休まるし、パワーをもらっている感じがします。

ご自身の性格や性質と合う部分は?

収集癖がちょっとあるんですが、ものを集めだすと部屋が埋まってしまうので、集めないようにしているんです。でも、この趣味は御朱印帳一冊で完結しますので良いですよね。あと、始めたら中途半端に終わらせたくないという性格にも合っているんでしょうか。一冊ぜんぶ御朱印で埋めたい。最後までやり通したいんですよ。仕事も、走り出したら途中でやめられない仕事なので、性格に根付いているのかもしれません。

その趣味を宮古でする良さとは何でしょうか?

岩手県内でも、宮古から出かけるとちょっとした旅行になりますよね。御朱印はその小旅行の思い出にもなるので、それが良いなと思います。

それでは、ここからは宮古の暮らしについてお伺いします。大原さんは気仙沼ご出身ですね。

高校まで気仙沼で過ごし、大学は仙台でした。震災を経験したのは大学時代です。20歳の成人式の2ヶ月後だったんですよ。沿岸で就職したいなと思っていたんですけど、地元は大きな被害を受けていたので、当時は仕事がなくて。卒業後は仙台で就職しました。当時、お付き合いしていた今の夫が宮古出身で、岩手にUターン就職をしたので、私も岩手に移住したという形です。

宮古での暮らしの満足ポイントは?

海が近いところです。海の近くで育っているので、海風を感じられる場所にいることが、私の精神安定剤みたいなところがあるので。18年間、海が間近にある生活をしてきました。なので、今も宮古で、潮風を浴びて、海の音を聴きながら一日が過ぎていくっていうことが、満足ポイントになるのかなと思います。

では、宮古での暮らしの不満ポイントを教えてください。

町なかに一方通行が多かったり、道路が狭かったりすることかな。まだそこは慣れていない気がします。車の運転があまり好きではないので。

あなたにとっての「ふるさと」とは?

自分にとって忘れられない土地のことかなと思います。その人の成長に関わっているかどうかに関わらず、その人が「ふるさと」と聞いて思い出す場所がふるさとなのかな、と。私の場合は、やっぱり気仙沼なんですよね。通学路が海っぱたの道路でしたから、毎日毎日、果てしない水平線を横に見ながら通学をしていたんですよ。春夏秋冬、朝昼晩と、海のある景色を見て育ってきました。冬の寒い時期に気嵐が立っている海や、父が小さな船に乗ってアワビを採る姿とか。やはり、そういう光景が浮かびますね。

素敵な思い出ですね。では、大原さんにとっての「希望」とは何ですか?

一緒に何かを取り組もうと頑張ってくれる人がいることでしょうか。ひとりでは何もできないから。また、何かしなくても、その人たちと一緒にいると明るくなれるのであれば、それはもう、希望なのかなとも思っています。

Iターンを考えているひとたちにメッセージを。

私が新卒の時は、Iターンなど考えられないほど都市部集中型だったんですよ。でも、コロナ禍を経て、土地を選ばず、いろいろなことが出来るようになりましたよね。ですので、なにかに挑戦したいなって思う人たちは、知らない土地でも怖がらずに来てほしいなと思います。

2026年1月取材

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