井村 泰誠さん

Taisei Imura

三陸鉄道運転士

長年の夢を叶えた運転士は、三陸鉄道の名を背負って走るロードレーサー

PROFILE

1999年大阪府茨木市出身。自転車競技の名門、大阪府立茨木工科高校入学。全国高等学校選抜自転車競技大会出場。2018年同校を卒業後、東京地下鉄株式会社入社。車両点検部門にて勤務。2020年JR北海道に転職。2023年三陸鉄道株式会社入社。1年間の訓練を経て、2024年から運転士として乗務している。移住を機に、自転車競技も復活。令和7年岩手県日報杯第77回岩手県自転車ロードレース大会一般チャレンジの部第3位。

鉄道も自転車も
子どもの頃から好きなもの

三鉄運転士としての、1日のルーティンを教えてください。

宮古-久慈間を2往復する日の例を挙げると、起床するのは朝4時です。朝食を摂り、昼食用のお弁当を詰めて5時ごろ出勤。点呼を受け、車両点検をしてから宮古―久慈間を往復運転します。10時前後に30分ほど休憩してから、久慈への片道を運転して、そこでお昼休憩。その後、久慈から宮古に戻り17時ごろ退勤です。退勤後は、自転車やマラソンのトレーニングをしていることが多いです。入浴と夕食を済ませ、早い日だと21時頃には就寝します。

2往復されるんですね。運転士のお仕事内容を教えてください。

列車を運転して、お客さまを安全に目的地まで送り届けることが一番重要な任務です。三陸鉄道はワンマン運転ですので、駅についたら切符を回収したり、お客さまのご案内をしたりもしますね。そのほかにも列車の連結や切り離し作業も行います。

お仕事をしていて嬉しかったことは?

お客さまとのふれあいがですね。以前は、東京の地下鉄とJR北海道に勤めていましたが、車両点検の仕事でしたので、お客さまと会話することはありませんでしたから。ここでは、降りるときに「ありがとう」とか「良い運転だった」などと声をかけていただくので、とても嬉しいです。都会だと自動改札ですので、そういう意味でも三鉄ならではですね。

ずっと鉄道関係のお仕事をされていたんですね。三鉄に入社したきっかけは?

子どもの頃から電車はすごく好きで、大きくなったらぜったいに鉄道会社で働きたいと考えていました。中学生のとき、NHKの朝ドラで「あまちゃん」が大ブームになったんですが、オープニング映像を目にしたときに、列車がすごくかわいくて。気になって調べ、三陸鉄道を知りました。当時、ドラマは観ていなかったのですけど(笑)それからずっと、「将来は三鉄で列車を運転したい」という思いがありました。高校を卒業して鉄道会社に入り、一旦満足しちゃったのですが、やはり、「三鉄の運転士」という憧れは変わらなかったんですよね。そして、2023年に三鉄に入社しました。

夢を叶えられたんですね!それでは、印象に残っているできごとを教えてください。

2024年、三陸鉄道は40周年を迎えたんですが、その記念列車を宮古-久慈間で運転させてもらえたことです。運転士になって1ヶ月も経たないくらいのときだったんですよ。各地の沿線住民の方が大勢いらして、手を振って見送ってくださいました。三陸鉄道って愛されているんだな、と、改めて感じましたね。

素敵ですね。夢を叶えられた井村さんの、今後の展望を教えてください。

地方鉄道ということで、経営が厳しい部分もありますから、岩手に足を運んでいただけるような接客をしたいです。あとは、趣味で自転車をやっていますので、自転車好きの人向けのイベントを企画できたら、と考えています。三鉄に自転車といっしょに乗ってもらって、沿線でサイクリングを楽しんでもらうようなことができたらいいですね。

自転車がご趣味なんですね。

はい。自転車のレースにも出場しています。実は、高校も自転車競技部が強い学校だから、という理由で選んだほどなんですよ。

そうなんですね。始めたきっかけは?

もともと自転車で遠くに行くことが好きで、大阪からママチャリで、京都や兵庫まで行ったりしていました。そして、「弱虫ペダル」というアニメを観て影響を受け、本格的に自転車競技にのめり込んだ、という感じです。高校卒業後、自転車からはすこし離れていましたが「また何かで1位を取りたい」という気持ちが出てきて。宮古に移住してきてから再開しました。

自転車のどんなところが魅力ですか?

岩手県の大会に参加していると、海も山もきれいな場所がすごく多くて。それを見ることも一つ目的になっていますよね。あとはやはり、大会で賞状をいただくと、毎日のトレーニングをやってきてよかったな、って感じられます。

体力的にもきつそうですが、大変なところは?

自転車は基本的に我慢のスポーツなんですよ。スポーツの中でもカロリー消費がダントツに激しい。スポーツドリンクなどでエネルギーを補給しながら走るんですが、それを失敗すると「ハンガーノック」と言って、いわゆるガス欠を起こしてしまいます。その管理が難しいですし、体力的にも苦しいスポーツですね。とにかくエネルギーが必要なので、今でも私は、1日5合くらいはご飯を食べるんですよ。

すごいですね!そんなハードな競技を続けられるというのは、ご自身に合っているからなのでしょうか。

負けず嫌いなところはありますね。自転車競技は、誰が一番にゴールするかという勝負ですので、基本的に2位以下は敗北者なんです。ほかの人が優勝するのを見ると、やっぱり悔しいですよね。負けた理由を、位置取りが悪かったな、体力が足りなかったな、もっと努力しないとなって考えてしまいます。体力も精神力も鍛えられるスポーツです。

宮古でやる利点はありますか?

宮古は海からの風も受けますから、その中で練習することで、強風に耐えられるスタミナをつけられます。アップダウンも多いですから、トレーニング環境としては良いです。野田まで行ったことがありますが、田老、岩泉、普代あたりの上りがきつかったですね。

では、宮古のくらしについて伺います。満足ポイントや不満ポイントを教えてください。

一番の満足ポイントは、人が優しいところです。地域の方々も職場の方々も良い人ばかりで、重要なのはやはり人ですね。あとは、星がすごくきれいなこと。早朝出勤の際や、夜の帰宅時に、星を見るのがとても好きです。要望としては、若い人たちが遊べるような施設やアミューズメントパークなどがあるといいですね。みんなが宮古に遊びに来てくれるように。

井村さんにとってのふるさととは?

帰れる場所、でしょうか。私にとっては地元の大阪になりますが、友だちや家族が待っていてくれる場所でもあります。

最後に、Iターンを考えている人たちにひとことお願いします。

私は、大阪、東京、札幌と、大都会から宮古に移住してきたのですが、人混みが苦手なので、宮古ののんびりした感じがちょうどいいです。そんな人には向いていると思いますよ。あとは、食べ物も美味しいですし、何よりあたたかい人たちがたくさんいますので、興味のある方は、ぜひ移住してきてほしいなと思います。

2026年1月取材

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